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探偵講談

 

■探偵講談とは?

 事件や騒動を謎解きによって解決する物語、いわゆるミステリ小説を講談師により口演するもの。明治時代の探偵小説の流入により探偵講談に派生。明治時代の読み物には探偵小説、探偵実話などの言葉が見かけられ、戦前まではよく使用されていたが、現代ではほとんど見かけなくなり、推理小説、ミステリ小説とするのが一般的。探偵小説、推理小説の定義は国内外さまざまだが、戦後、1946年告示の「当用漢字表」に「偵」の字がなかったために、日本では次第に推理小説の用語が一般化した。

 明治時代には快楽亭ブラックの口演で探偵講談が流行するが、現在では上方の旭堂南湖先生が積極的に取り組んでいる。

円朝らと看板を並べる快楽亭ブラック

■探偵講談で活躍した講談師

快楽亭ブラック(かいらくてい・ぶらっく;初代;英人ブラック)

1858(安政5)-1923(大正12)

明治・昭和期の寄席芸人。オーストラリア生まれ。父は日本で活躍したイギリス人ジャーナリストJohn Reddie Black。8歳頃に来日。明治11年(1878年)2代目松林伯円に誘われ横浜の寄席に出演。明治13年(1880年)講釈師の組合に加入。一時高座を退くが、明治24年(1891年)頃、「快楽亭ブラック」の名で活動を再開し三遊派に加入。明治26年(1893年)石井アカと結婚し帰化、石井貌刺屈(ぶらっく)となるが数年で離婚。明治36年(1903年)日本初の寄席演芸のレコード録音を行う。ブラックのみならず、ブラックの仲介で三代目小さん、初代円遊、初代円右らがSPレコードを残した。

ブラックは「英人ブラック」とも称され、羽織はかまやフロックコートで寄席に上がり、テーブル席にてイギリス小説の翻案物や新作落語を流ちょうな日本語で口演。ブラックによる英国の落語「ビールの賭飲み」はその後、脚色され「試し酒」として古典落語として定着した。

和装テーブルにて口演する快楽亭ブラック
洋装テーブルにて口演する快楽亭ブラック

■作品案内

 

●あらすじ

イギリスはロンドン、岩出銀行頭取の岩出義雄はある事件をきっかけに孤児の山田又七を引取る。衣食住、教育の恩恵を受けた又七少年は立派に成長し、銀行の番頭に出世。岩出の信頼も厚かったが、岩出の一人娘おまさと恋仲であることが発覚し、逆鱗に触れた岩出から追い出されてしまう。岩出は山田又七を追い出したその夜、銀行の2階で何者かによって殺害される。容疑者として山田又七が逮捕され、岩出義雄の弟・岩出竹次郎が調査に乗り出す…。殺人現場に残された手形がキーポイントとなる作品。

 

●覚書

イギリスの風俗を映すが、登場人物は全部日本人。指紋を扱った小説としてはマーク・トウェイン「ミシシッピー河の生活」(1883年)に続く2番目となる。ちなみに日本の司法省が指紋法を採用したのが1908年、警視庁に指紋課が設置されたのは1912年。1892年ブラックが「幻燈」で指紋(手形)を取り上げたのはかなり早い時期だった。

 

●ここで聴けます

☞  旭堂南湖/口演「幻燈」(旭堂南湖公式ショップ)

快楽亭ブラック口演「幻燈」明治25年(1892年)

(初出時「血汐の手形」を改題)

快楽亭ブラック口演「車中の毒針」明治24年(1891年)

●あらすじ

舞台はフランス、パリ。ある夜、画家の加納元吉は乗合馬車でとある女中の死に出くわす。車内に残された針を何気に拾い持ち帰った加納。加納宅に遊びに来ていた友人の伊藤次郎吉は、その針をいたずらしているうちに誤って猫に刺さり死なせてしまう。その様子を見、女中の死は毒針による殺人ではないか?と、ふたりは犯人捜しをはじめるが…。遺産相続をめぐる殺人事件。

●覚書

これまた登場人物みな日本人!海外小説を翻案し高座にかけていた探偵講談。しかし文明開化まもない日本人にとっては外国人名には馴染みがなく、とっつきにくさの解消のため、あえて日本人に置き換えたという事情がある。パリのモーグ(死体安置所)など物珍しい風俗が描かれたりもするが、金に目がくらんで…というのはいつの時代も人間のかなしい性。

●ここで読めます

☞ 国立国会図書館デジタルコレクション

「車中の毒針」表紙.JPG

■江戸川乱歩と探偵講談

探偵小説の大家である江戸川乱歩が、快楽亭ブラックの探偵講談「幻燈」を絶賛。また、乱歩小説に登場する探偵・明智小五郎のモデルは当時の講談師である。探偵推理を介した乱歩と講談を紹介します。

●神田伯龍似の明智小五郎

江戸川乱歩の探偵小説シリーズに登場する探偵、明智小五郎。彼が講談師の神田伯龍似であることは、明智初登場の小説「D坂の殺人事件」に書かれている。作品の初出は1925年(大正14年)雑誌「新青年」である。

乱歩は大阪の席で伯龍を聴き、高座だけでなく顔や姿も気に入ったと言及している。執筆時には知り合いでなく、伯龍に感銘を受けた乱歩が明智のモデルに起用した。一作限りの登場人物の心づもりであったが、好評につき明智小五郎シリーズとしてその後も活躍をみせることとなる。戦後、ふたりは初めてとある座談会で交流したようである。

D坂の殺人事件 明智小五郎 相貌
D坂の殺人事件 明智小五郎 相貌
江戸川乱歩 神田伯龍 D坂の殺人事件

●指紋捜査

「D坂の殺人事件」には明智が指紋を取られ、犯人に疑われる場面がある。ブラックが探偵講談「幻燈」で指紋(手形)を取り上げたのは1892年、警視庁に指紋課が設置されたのが1912年。すると、この作品が発表された1925年には指紋捜査はごく当たり前のこととして世間に知られていたようだ。乱歩がブラックの「幻燈」を歓喜の思いで聴いていたことを想像すると、胸がワクワクする。

●新作講談「江戸川乱歩と神田伯龍」

作家の芦辺拓氏により創作された講談。江戸川乱歩と神田伯龍が交流する夢幻的な読み物。物語は江戸川乱歩邸に神田伯龍が訪れるところより始まる。物語の行方もさることながら、講談らしい修羅場調子や、手に汗握る展開で、聞きどころ満載。乱歩と伯龍、そして乱歩の「怪人二十面相」への創作をつなぐような講談です。

 

​●ここで観られます

☞ 立教大学公式チャンネル 講談「江戸川乱歩と神田伯龍」(作・芦辺拓)/旭堂南湖(講談師)

旧江戸川乱歩邸

<参考資料>

・小島貞二(著)『決定版快楽亭ブラック伝』(1997年恒文社)

・Webサイト「横浜歴史さろん」特集 明治時代に活躍した“元祖 外タレ” 快楽亭ブラックの人生

・『日本ミステリー事典』新潮社(2000年刊)

・立教大学HP「探偵講談の復活から乱歩講談を切り拓く」旭堂南湖(講談師) 

・Webサイト「乱歩の世界」探偵講談について

・伊藤秀雄(編集)『明治探偵冒険小説集2 快楽亭ブラック集』(2005年ちくま文庫)

・Osman Edwards(著)『Japanese story-tellers : from the French of Jules Adam 第2版』(1912年長谷川武次郎)

・快楽亭ブラック(演述),今村次郎(速記)『車中の毒針』(1891年三友社)

・快楽亭ブラック(講演)『切なる罪』(1891年銀花堂)

・CD「文豪たちと落語」(2022年日本コロムビア)

​・青空文庫「D坂の殺人事件」

​・雑誌「富士」第4巻13号(1951年12月世界社)

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