2024年8月「徳川天一坊」五日間連続俥読み
残暑お見舞い申し上げます。
日差しや風は秋めいてきましたが、暑い日が続きますね。
今回のブログは8月末に行ってきた連続読みの会について感想です。
口演されたお三方はもちろんのこと、お客さんも気力体力を遣う五日間でした。
神田阿久鯉・神田伯山『徳川天一坊』俥読み 神田春陽助演
於:イイノホール
2024年8月26日(月)~8月30日(金)18:30~21:00前後
ここ数年、阿久鯉先生と伯山先生が挑まれる連続読み。今年はなんと「徳川天一坊」。そこに助演として春陽先生が加わります。「神田阿久鯉・神田伯山『徳川天一坊』俥読み 神田春陽助演」というなんとも不思議な名称? これを紐解けば、もともと阿久鯉・伯山二人での俥読みとして企画されていたが、伯山先生の準備が間に合わず、そこで春陽先生に助っ人の依頼が入った由。
なっ、なんだかいろいろ思うことはありますが…、「徳川天一坊」といえばわたしにとって春陽先生なので、これは行きたい!絶対行きたい!と。
運よくチケットも取れ、7月から「できる、俺なら」という強めの暗示を自分にかけていました。
さぁ、緊張の幕が開きます。
◆初日
前講「将棋の御意見」青之丞
「名君と名奉行」伯山
序開きは徳川天一坊のエピローグ的な一話。気持ちもおだやかに心の準備運動。
「天一坊の生い立ち」阿久鯉
ここからすべてが始まり、すべての鍵がある。阿久鯉先生曰く、すべての伏線がつまっている。つまりこの一席は集中力をもって聴いておかなければ、後が効かなくなるということですね。御落胤騒動の発端となる若き吉宗の件、成り代わりをたくらむ後の天一坊の成長と流転。阿久鯉先生が噛んで含めるように読まれていきます。圧巻は吉兵衛(天一坊)の乗る船、明神丸(でよい?)が嵐にのまれる場面。「講釈師見てきたように」というように、この嵐の場面ばかりはどれだけ誇張、演出があっても聴きがいが増すばかりでした。
本当の御落胤様と天一坊の出生について、愛山系では「同年同月同日の生まれ」と表現されますが、松鯉系では「同年同月同村の生まれ」なのか。御短刀の具体名もあるのか。
「伊予の山中」伯山
この一話、好きなんですよね。船の難破から、雪深い伊予の山中をさまよい山賊の館に入り込んでしまうという、ちょっと冒険譚のような雰囲気が。そして天一坊一味となる赤川大膳と藤井左京の登場、天一坊とのかけひきがドラマチックに展開。
お願い!ここでかっこつけすぎないで!あと少ししたら山之内伊賀之亮という破格のかっこいい人がでてくるから!というのが率直な感想。
「常楽院の荷担」阿久鯉
この読み物の登場人物の中で、わたしが一番食えないジジイだと思う天忠坊日真(常楽院)が登場。白い上等の衣を身にまとい柔和なお顔で弟子を殺害。自ら土を掘り返して埋めるとこまでやっちまう明るく残酷な老僧。このあたりで御墨付の内容、具体的な文章が明らかになる。御墨付って何?って、はじめは何のことかわからないわたしでした。そうだったのか。
◆二日目
前講「雷電の初土俵」青之丞
「伊賀之亮の荷担」伯山
わたしはここの話の割りを勘違いしていました。「常楽院の荷担」「伊賀之亮の荷担」と二話に分けるところを、「山内伊賀之亮登場」の一話とし全19話と思い違い。どこでどうなった…?
「大坂乗り出し」阿久鯉
美濃から大坂へ動く天一坊一味。紅屋庄三郎と桜屋治助がくるくると軽快な動きを見せて、世話物のようなホッとして聴ける一席。町人たちが元気で大坂の町を活き活きと表現。
「伊賀之亮と土岐丹後」春陽
もう大坂登城から還御までが言葉にならない。圧巻の行列。壮麗で重々しく緊張感のある描写。読み調子を聴いているだけでうっとり。そして、後の問答の最重要事項ともいえる網代の乗り物もちゃんと登場している。もうこの頃には天一坊一味の資金と装備、人材は完全に準備万端になっていることが伺えます。いつの間に!その金はどこから!?そして時間の経過を考えます。
そして片扉という意思表示、三枝金三郎の毅然とした態度にしびれました。愛山系ではそのまま「三枝金三郎」の内題で口演されます。
「越前登場」伯山
本読み物のもう一人の主役、大岡越前守忠相の登場。
それにしても天一坊がよくしゃべるので驚く。というのも、これまで聴いていた愛山系では、伊予の山中以降天一坊は簾内の奥にひっそりと神秘的に座しているような印象があったので。こういう違いもたのしい。
◆三日目
前講「笹野権三郎 海賊退治」梅之丞
「越前閉門」伯山
この一席を聴いていると、「仮名手本忠臣蔵」の「城明渡しの段」がいつも思い出されます。閉ざされた門を後にしてひとり歩み去る由良助の重い表情と、大岡が重なるんですよね。
「閉門破り」阿久鯉
死人に扮して脱出を図る大岡越前守と配下のものたち、閉門警備とのやりとりが滑稽ではありつつも、バレないで!と息をのみます。しかしながら大注目は山辺主税。清々しく毅然とした見事な対応。綱條卿と主税の最後のくしゃみのシーン、ここだけトーンが変わってなんだか閑話休題な気分になりました。
「水戸殿登城」伯山
病を押しての綱條卿の登城。身分の高い方の具合が悪い様子、どのように表現するか? わたしはこの場面をきっかけとして、この物語の内容、登場する人物全体について改めて考えました。ここで「あれ?」と考えることによって、後の展開に深みを持たせることができました。知らんけど。
「天一坊呼び出し」阿久鯉
越前役宅へ向かう天一坊一行。大坂登城と同様の行列の言い立て。阿久鯉先生のこのような言い立ては初めて出会ったかもしれません。壮麗勇壮な行列仕立てにゾクゾク。再吟味が始まる前から緊張感でピリピリ。到着し、部屋の中で天一坊ただひとりが棒を飲んだように立っている異様さ。
◆四日目
前講「越の海」梅之丞
「網代問答」春陽
やだ!四日目一発目が網代なんて、緊張しかない…。伊賀之亮と大岡の静かな対決。春陽先生は問答の一部始終をとても丁寧にされている印象。東叡山寛永寺の成立のことわり、網代の乗物の見立ての意匠、聴いているとゾクッとしませんか? 網代の乗物、みなさんはどのような物を思い浮かべていますでしょうか? ちょっと偉い人の乗物を調べてみたくなりました。
それにしても問答が終わった後、赤川大膳の「終わった~!!!」の一声は、春陽先生の内の声そのままだったのではないでしょうか。一気に緊張の糸が解けて、こちらの身体もゆるみました。
「紀州調べ」阿久鯉
吉宗の育ての親である加納将監の奥方、英昌院のキャラ立ちよ!阿久鯉先生、憑依級。血のつながっていない息子大隅との距離感も含め、気難しい様子とか、地味に難しそう。それにしても本当にいろんなタイプの人間がでてくる。でも印象に残る。それは講談師さんの力量なのだろうな、とも思いました。愛山系ではそのまま「英昌院」。
「紀州調べ第一日」伯山
神職伊勢「神に念仏を唱える」。これはうっかりか?それとも伊勢のいい加減さを表現したのか?
「紀州調べ第二日」阿久鯉
滑稽な取り調べから、最後一転、江戸へ向けての急展開!
もう阿久鯉先生は本当に名伯楽だな、と。どんな場面、どんなキャラクター、一話の中での転調しかり。絶妙な手綱捌きで物語をわたしたちに取り次いでくださいます。
◆千穐楽
前講「山田真龍軒」若之丞
「越前切腹の場」春陽
綺麗な一席。しみじみ。大岡の遺言がその人を表している。名裁きの切れ者というだけではなく、人格者であることが伺えました。現代人としては、「なぜ、子どもまで?」と思わずにはいられません。息子忠右衛門がいじらしい(うっ
「伊豆味噌」阿久鯉
なんかすごいよな、伊豆守。嫌な奴だけど、どことなく可愛いとか、一体なんなの。わたしが天一坊の何か一席をやらなければならないとしたら(なに言ってるの?)、「伊豆味噌」はいや(本当に?)。だって難しそうなんだもん(安心して、そんな機会はないから)。
「龍の夢」伯山
たくらみの破綻が確定。しかも夢で。それに気づいていたのは伊賀之亮のみ。吉夢とうかれる他メンバーと静かに覚悟を決める伊賀之亮の明暗。不思議でなんと言葉にしたらよいかわからない、けど惹きつけられる一席。今までとは違う手触り。
わたしは切ない。能でうとうとしてしまう天一坊が。境界線を越えて将軍格にまで上り詰めようとした天一坊のメッキがはがれた瞬間を見てしまったという。
「召し捕り」阿久鯉
「龍の夢」で実質の終焉。この「召し捕り」は芝居の大立ち回りを見ているような。フィナーレの祭りという印象。
みなさま本当に本当に、お疲れさまでした!
台風の影響でお天気も気になる五日間でしたが、無事全日終了できてよかったです。
終演後の一コマ(撮影可)
今回の公演ではパンフレットの販売がありました。数量限定の300部とのことで(その後、追加販売あり)、購入できず残念に思っている方もいらっしゃると思います。こういった情報が定着した資料というのは、今の講談では大変貴重なものなので、再編集なり何か形を変えるなりして講談ファンが手に取れるようになることを希望します。
題字の筆は書家の根本知(ねもと・さとし)氏によるものだそうです。今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の題字もご担当された方なので、どこかで見たような?とピンときた方も多いのではないでしょうか。流れる水や風のようにみずみずしく清廉な印象です。
最後に、「わたしの講談事始」の「徳川天一坊」をブラッシュアップしなければ!と気がせきます。ブラッシュアップするだけでなく、鑑賞の手引きとなるような追加資料もアップできたらな?と思っております。
大切に向き合いたい講談「徳川天一坊」、焦らずじっくり取り組んでいければと思います。
長文となりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
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